●場にも人にも備わる「気」の力
――本日は、身体と精神の両面からコミュニケーションについて考えていければと思います。
福田:先生は整体武道の創設をされ、現在その指導普及に努めておられます。『整体的生活術』などたくさんの本も出版されています。著書を拝読していると、あらゆることが「気」という考え方に基づいているように思います。「気」とは簡単にいうとどのようなものになるのでしょうか。
三枝:「元気」「気概」「気骨」など、人にとって大事な言葉にはよく「気」がついていますね。旧漢字でみると「気」には米という字が入っていて、米から出る湯気のことを表していますが、日本人にとって米は生命が凝縮しているものの象徴ですし、そのことからも「気」は古来生命にとって非常に重要なものとされてきたことがわかります。この「気」は環境の中では、パワースポットと称される「気」の要所、気の替わり目の場所を指します。例えば神社では鳥居のある場所が一番気が入れ替わるところですが、お百度を踏むにもわけがあるわけです。また、気を受けることを「浴」と言い、森林浴や海水浴なども自然の気を受けることを指します。ただし、適したエネルギースポットというのは人それぞれですね。自分にとって気を入れ替えられる場所を持っている人はやはり社会的に強いです。
福田:それは場所だけでしょうかね。例えば、会うといつも元気になった気にさせられる人、というのもいますよね。
三枝:おっしゃる通り、人にも気があります。どんな時でも会えば不思議と元気になれる人がいらっしゃるというのは素晴らしいことです。人間は気の合う人の傍に寄ると体温が上がり、呼吸が深くなります。嫌な人の近くにいると寒々としてきて呼吸も浅くなります。理屈抜きに生物体として反応するんですね。実体はと問われると、なかなか答えるのは難しいのですが。
福田:気の観点から見ると、健康というのはどう捉えればいいのですか。
三枝:例えば普段何気なく使っている「気がすむ」という言葉がありますね。これは「気が澄む」という言葉から生まれた言葉で、邪気がない状態、無邪気なことを指しています。つまり、心境的に一番ピュアな状態ですね。これがもっとも健康な状態であるとされます。ちなみに「汚(けが)れる」の語源は「気枯れる(きがれる)」から来ています。
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